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雪が降るよ
やまずに昨日から 昨日から
窓の外は何にも見えない
雪が降る、という気象現象は、おおむね上空1500メートルの気温がマイナス6度以下で、地上の気温が4度以下である条件のもとで発生します。
したがって、気温条件により、雨が雪になったり、雪が雨になったりするのですから、雪も雨の一種と考えられますから、やまずに降り続く雪、止まない雪というのは、つまりは、止まない雨と同じことになります。
ということから、「止まない雨はない…」、という言葉が自然と思い浮かびますが…って、まあこの連想自体は、かなり不自然で強引な展開とも思いますが。(笑)
実社会でも、マスター(館長)が、ここまで強引に自分の土俵に引き込んでいくことができれば、人生の多少の雨模様も、気にしないで済むもんなんでしょうけどね。(笑)
ところで、「止まない雨はない」、は、「明けない夜はない」と、対句形式で用いられることが多いのですが、はてさて、これらの言葉の出典はなになのでしょうか。
止まない雨も 明けない夜も
今迄一度もなかった
Close Your Eyes−瞳をとじて− さだまさし
ぼくとしては、さだまさしさんの曲に、このような歌詞があったことが印象深いのですが、それまでにも何かで知っていて、再認識したようにも思いますので、さださん固有の名言ではないと思います。
ネットで検索してみると、著名なアニメの有名なセリフであるとか、テレビドラマの名セリフが出典であるというのにも出くわしますが、まさか、それは初出の出典ではなさそうに思います。
ひとつの手がかりに、16世紀のイギリスの有名な劇作家であるシェークスピア(William Shakespeare)の四大悲劇(、「ハムレット」「マクベス」「オセロ」「リヤ王」)の「マクベス」のなかに、 「この世に明けぬ夜は無し」 というセリフがあるとのことです。
ともかく、シェークスピアといえば、「ああ、ロミオ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」 (ロミオとジュリエット)や、「ブルータス、お前もか!」 (ジュリアス・シーザー)、あるいは、「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。」 「弱き者よ、汝の名は女なり。」(ハムレット)など、よく引用される有名なセリフが多いので、さもありなんとも思います。
しかし、「止まない雨はない」のセリフはなさそうですから、あるいは古くから言い伝えられている格言や箴言めいたものだったのかもしれません。
いずれにしろ、「止まない雨はない、明けない夜はない。」というのは、どんなに激しく長く降り続く雨も止まないことはない、どんな暗い夜でも朝になればかならず明けるということです。
つまり、今は苦しく、不幸な時期であっても、やがて必ず良い時期が来るということです。
これは確かに真理だと思います。
続く不幸に打ちひしがれているときの絶望的な気持ちを救ってくれるような良い言葉ですね。
「人間万事、塞翁が馬」「禍福は糾える縄のごとし」という言葉も、同じようなことを言っています。
人生の災いや幸福というものは変転極まりなく、予測しがたいものであるから、災いも悲しむにあたらず、幸福も喜ぶにはあたらないということです。
でも、これらは、慰めや励ましというよりも、雨を止むのを待っているときに、またいずれ雨が降ることを、そして、夜が明けるのを待っているのに、またいずれ黄昏が来ることを感じさせるような、戒めのような気がしてしまいます。(笑)
やはり、励ましの言葉としては、「止まない雨はない、明けない夜はない。」の方が適切かもしれませんね。
しかし、また安易に使われる危険性もあります。
止まない雨は、けっして家の中に閉じこもっていては、実感できるものではありません。
カーテンを引いて、引きこもっていては、明けない夜も真っ昼間も分かりません。
激しい雨に打たれ、深い闇にさらされてこその、止まない雨はない、明けない夜はない、の言葉です。
さあ、雨に打たれている仔犬ちゃんたち、闇の中でおどおどした瞳の仔猫ちゃんたち、さあ頑張りましょうよ。
もちろん、すっかりずぶ濡れに慣れちゃって、目も疎くなった、老犬猫さんたちも頑張りましょうね。(笑)
約束を信じてた 約束を信じてた
昨日の夢は Ah 終るよ
「指切りげんまん、うそついたら、針千本飲〜ます、指切った。」と、小指と小指を絡ませて約束して、約束を守れなかったために、針千本飲んだ人、もしくは指を切った人がおられましたら、名乗りあげてください。
体験談を送ってくれた人には、粗品進呈。(笑)
さて、「指切りげんまん」の由来を調べてみると、江戸時代に、遊女が惚れた客に変わらぬ愛と操を誓う証として、小指の関節から上の部分を切って、桐箱に納めて渡したことから、とありました。
ほんとなのかしらね。
「げんまん」は「拳万」と書くそうで、約束を破ったときには握り拳(こぶし)で、一万回殴るという意味らしいのですが、これは殴られる方も、もちろん大変でしょうが、殴る方もけっこう大変でしょうね。
ほんとなのかしらね。(笑)
それでいえば、「針千本飲ます」ことの方が、一番ラクなような気がしますね。
おまけに鉄分補給サプリとしても有効ですし。(笑)
ほんとなのかしらね。(笑)
でも、「飲〜ます」というからには、針を飲ませる方、針を千本用意する方は、つまり、うそをつかれた、約束を破られた方になりますよね。
一本30円くらいの縫い針でも、千本なら、3万円もしますから、うそをつかれて、約束を破られた上に、この経済的負担、しかも、針を飲んだために胃に穴が開いたとして治療費でも請求されたら、これは、まさに踏んだり蹴ったりです。(笑)
これを防ぐために、これからは、「針千本飲〜ます」というのではなく、「針千本、自分で用意して、飲〜み〜ます、ただし治療費も自己負担し〜〜〜ます」と言い合いましょうか。(笑)
まあ、マスター(館長)は、誠実ゆえに、約束を守ることを考えるよりも、守れないことを、すぐに考えてしまいます。誠心誠意誠実ゆえに、です。(笑)
ともかく、「約束は破られるためにある。」という名言か迷言も、やはり覚えておいてください。(笑)
雪の上に 足跡続くよ 続くよ
私を連れてゆこうと
あなたは言ってたのに
地球温暖化の影響もあるのか、年間降雪量は、1980年代後半、つまり昭和60年代から、日本海側を中心に急激に減少しているという統計が出ています。
もっとも、年によって地域によって、大雪はありますから、雪への備えはやはり怠らないようにしないと、思わぬ雪の被害を招きます。
大阪は、温暖な瀬戸内式気候に含まれる地域で、もともと雪が少なく、都市化の進展に伴って、さらに年々雪が降るのが少なくなった気がします。
ぼくが5歳くらいだったと思いますが、母方の祖母の出里である奈良県の山奥に、なにかの冠婚葬祭の手伝いのためだったそうですが、母親と一緒に何日か泊りがけで行ったことがあります。
奈良駅からチェーンを巻いたボンネットバスに揺られて、着いたバス停に、母親の従兄弟とその子ども、つまり、またいとこの小学生の男の子が待っていてくれて、呼ばれてそばに行こうとして、雪の吹き溜まりに足をとられて、膝まで埋まり、立ち往生しました。
半泣きになったぼくに、その子は近づいて、肩を貸してくれて、雪に埋もれた足を抜こうとすると、長靴を雪に残して、すっぽりと抜けました。
積もっても、数センチの積雪しかなかった大阪では、経験したことの無いカルチャーショックでした。
カルチャーショックといえば、またいとこの彼に、野うさぎとりの遊びを教えてもらい、雪の中にてんてんと続いている、うさぎの足跡を探し出して、それを追いかけて、その通り道に、仕掛けのワナを置いて、うさぎじゃなく自分が捕まってしまったりしました。(笑)
また、凍った池の氷を割って、網で半分冬眠状態のフナをすくう遊びをしていたら、カエルの卵(卵塊)が網にひっかかって、ヘビと見間違って、また半泣きになったりと、シティボーイのマスター(館長)としては、貴重な田舎の子ども体験でした。(笑)
足跡を追いかけて 足跡を追いかけて
昨日の夢は Ah 終るよ
えっと、今回の曲は…うさぎ追いし、かの山、こぶな釣りし、かの川、夢は今も、めぐりて、忘れがたき、ふるさと…の歌…じゃなかったですね。(^^ゞ
そうそう、今回の曲は…雪やこんこ あられやこんこ、降っては降っては、ずんずんつもる…の歌…でもなかったですね。(^^ゞ
昨日の夢は Ah 終るよ
はじまりはいつも雨なら、おわりはいつも雪、もちろん、そのあいだに、ほんの短い夏があったりして。
そんな青春の四季おりおりの夢見る頃をすぎて、降りしきる想い出色に染まった雪たち、雪やこんこ…。
この曲は、1972年(昭和47年)にリリースされた、かぐや姫のファーストアルバム、「はじめまして」に収録されています。
正確にいえば、その前年に、南こうせつさん、大島三平さん、森進一郎さんの第一期かぐや姫の「酔いどれかぐや姫」や「変調田原坂」が収録されたファーストにしてラストのアルバム、「レッツゴーかぐや姫」がありました。
第二期は、南こうせつさん以外のメンバーチェンジで、伊勢正三さん、山田パンダさんに代わり、通常、かぐや姫といえば、この第二期かぐや姫を指します…って、結構、おたくっぽい、かぐや姫のファンサイトも多いので、あとは自主研究してください。(笑)
この「雪が降る日に」は、4ビートのフォークギターの印象的なカッティング奏法のイントロにはじまり、3度上のハーモニーが入り、そして童謡のメロディがポリフォニーのように効果的にかぶさっていきます。
「はじめまして」には、この「雪が降る日に」のほか、 「加茂の流れに」「好きだった人」「あの人の手紙」など、いまなお、かぐや姫サウンドを語るに欠かせない代表的な曲たちが含まれています。
なお、マスター(館長)は、1991年(平成3年)に、ASKAさん(元CHAGE&ASKAの飛鳥涼さん)の「はじまりはいつも雨」を聴いたときに、なぜか、この「雪が降る日に」を思い出しました。
「君に逢う日は不思議なくらい…」から、いつのまにかエンディングが、「昨日の夢は Ah 終るよ…」と、頭の中でつながるのです。(笑)
雨男なので、雨にまつわる想い出は多々あるのですが、冬は、こたつ派なので、「雪が降る日に」のような想い出は幸か不幸かないんですけどね。(笑)
(初稿2006.2 未改訂) |