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秋は夕暮れ
夕日のさして 山の端いと近うなりたるに
鳥の寝どころへ行くとて
三つ四つ 二つ三つなど
飛びいそぐさへ あはれなり
まいて雁などのつらなるが
いと小さく見ゆるはいとをかし
日入りはてて 風の音 虫の音など
はたいうべきにあらず
「枕草子」清少納言
その日の一日の終わり、夕暮れどきって、秋にかぎらず、春夏秋冬、いつでもさびしそうですね。
でも、秋の日の夕暮れは、確かに格別…。
夏の日の想い出たちが遠ざかるにつれて、確実に、夕暮れが早くなっていき、また気温も急激に下がっていくからでしょうか。
田舎の堤防 夕暮れ時に
ぼんやりベンチに すわるのか
散歩するのも いいけれど
よりそう人が 欲しいもの
堤防沿いの道は、夕陽が落ちていくのが間近に見えて、川面にキラキラと、夕陽が照り返して、川面を渡る風は冷たくなっていく。
完璧に、人肌のぬくもり、人恋しくさせる舞台設定ですね。
若いときに、こんなデートコースが思い浮かんでいたら、人生は変わっていたかもしれません。(笑)
あの娘がいれば 僕だって
さびしい気持にゃ ならないさ
「あの娘」って言い回しが好きです。
あの子ではなく、あの娘って書く…。
女偏に良いと書いて娘。
鬼も十八、番茶も出花…の頃ですよね。(笑)
まあ、そん娘も、女編に家と書いて、嫁になり、女編に老いと書いて、姥になっていくのは、歴史的必然であると、かのマルクスも毛沢東も金日成も、言ったとか言わないとか…言わない言わない。(笑)
夕焼け雲さん 伝えてくれよ
あの娘のお部屋の 窓ぎわへ
天高く 夕焼け映えて うろこ雲
秋の日の夕焼け空がさびしく見えるのは、むくむくと積み重なるような入道雲や雷雲などの乱層雲が空を占めている夏の日とは違って、天が高く見える上に、すじ雲、うろこ雲などの絹雲や絹積雲が、頼りなげに、まるで、西陣の絹織物が加茂の流れの中で、染め上げられるようにして浮かんでいるからでしょう。
虫にさされるのは いやだけど
肩をならべて いたいよと
秋も深まったころ、季節にはぐれて、弱々しい羽音をたてて飛んでいる蚊…、古来、そんな蚊を「あはれ蚊」と言って、哀れみ慈しみ、殺生をしないという、情感のある風習がありました。
蚊帳(かや)などいうを見かけることもほとんどなく、いまや、蚊取り線香すらも、年中使える電気式蚊取りになって、そんな「あはれ蚊」の存在も忘れがちになっています。
でも、もし、「あはれ蚊」に、右手を刺されたら、左手も差し出す…なんて、凡人には無理な相談で、もちろん、見つけたら、やっぱし、パチっとするか、シューっとするか、しますやろね。(笑)
おうちの人に おこられるかな
呼び出したりして ごめんごめん
もうちょっとだけ いっしょにいよう
帰りたいなんて いわないで
こんな「おうち」も、少なくなりましたね。
かみなりを落とす親父は、とうのむかしにいなくなり、夜中に娘が出かけようとしても、「携帯持ったの?」とだけ、声をかける、物分りのいい母親がいる「おうち」…なんか、やっぱり「おうち」として変…と思うのが時代おくれなのかな。
でも、時代おくれのそんなおこる「おうち」もあって欲しいよね。
そうか君は 笑うのが
へたに なっちゃったんだね
あんまり僕を 困らせないで
そろそろ笑ってくれよ
笑うのがへたって、そりゃ、でも天野くん、こんなシチュエーションで娘さんが笑って出てきたら、それこそ気色悪いでしょ。
こんな河原の 夕暮れ時に
呼び出したりして ごめんごめん
笑ってくれよ ウフフとね
そんなにふくれちゃいやだよ
しかも、夕暮れの河原で、ウフフなんて笑われると、ぼくなら、ふくれられるより、いやだよ。(笑)
でも、まあ、蓼食う虫も好き好きや…、ごめんごめん。(^^ゞ
夕暮れ時は さびしそう
とっても一人じゃ いられない…
まっ、夕暮れもいっとき…、あとは暗闇にまかせましょ。(笑)
この曲は、N.S.Pの代表的なヒット曲、例のごとく、天野さんらしい泣きべそかいたような不安定な節回しの声は、いつ聞いても、じんわりときます。
ファンの待望久しくN.S.Pは復活し、活動再開されていますが、このサウンドだけは、踏襲していってほしいものです。
(初稿2002.10 未改訂) |