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「夕凪」―さだまさし

   今は こうしてひざを抱えて
   寄せては返す波の
   思い出に身を任せていよう

体育座りという座り方を知っていますか。
地面に尻をついて、折りたたんだ足のひざを両腕で抱えるようにして座る座り方です。

体育座りという言い方ではなく、地域によっては、体操座りや三角座りとも言うそうですが、ともかく学校の体育の時間などでの運動場や体育館での標準的な座り方ですから、覚えている人も多いはずです。

もっとも、覚えてはいても、ほとんどの人は中年以降ともなると、ひざを抱えるよりも、まず腹を抱える羽目になり、やがてはひざも曲がりにくくなって、この座り方の姿勢が、かなり苦しくなってきます。(笑)

現実に引き戻さないでって。(笑)

しかし、まあ、海を前にして、砂浜で体育座りではなく、あぐらをかいて座れば、スルメを片手にビールが飲みたくなるでしょうし、かといって、砂浜で正座して座れば、なにやら思い詰めて海に入って行きやしないかと、周囲の人に心配されるでしよう。(笑)

かといって、砂浜にヤンキー座りしていればチョイ悪のナンパ不良として補導されるかもしれませんし、砂浜にうんこ座りしていれば猫のように野糞してると間違われかもしれません。(笑)

さらに、砂浜に腹ばいになっていれば、今年の夏を 思い出すまえに、砂の冷たさに身体が冷えて、動けなくなって、救急車を呼ばれるはめになるかもしれません。(笑)

現実に引き戻さないでって。(笑)

やはり、砂浜で座るには、体育座りが一番でしょうから、そのために、ここは日夜に腹筋屈伸運動をして、体育座りできるように、精進しましょうか。(笑)

ところで日本は、海に囲まれた島国ですから、当然のことながら海岸線の延長距離も長くて、堂々の世界6位入賞となっていて、海岸線の長さにおいては、アメリカや中国にも負けていません。

だから、今度これらの国と戦争をするなら、海岸線で勝負しようというべきでしょうか。(笑)

もっとも、海岸線上位5カ国のカナダ、ノルウェー、インドネシア、ロシア、フィリピンの各国を同盟国にしなければなりませんから、外交下手の我が国としては、やはり、平和が一番ですかね。(笑)

さて、海岸線が長いといっても、日本の場合は国土面積が狭くて、しかも国土利用が高度化しており、護岸、堤防などが設置されている人工海岸や、海岸の後背地が人工化している半自然海岸の割合が多くて、岩場や砂地の自然のままの自然海岸は、全国平均でも6割に満たないような状況です。

しかも、自然海岸のうち、断崖絶壁も多く含まれていますから、近寄れるのはウミネコ達だけというような海岸も少なくなくて、人が散策したり、思いに浸ることができる海岸というのは、案外、少ないものです。

ですから、これを言い訳にして、ひざを抱えて座るのはあきらめて、コンクリートの護岸堤防に腰を下ろして、ひざに手を当てて、テトラポッドを洗う波の思い出に身を任せるという状況設定はどうでしょうか。

しかし、それでは、砂は掃えないし、ウミネコ達が騒ぐ夕暮れ前に、お尻が冷たく痛くなって、足腰の関節痛までぶり返しそうですね。(笑)

現実に引き戻さないでって。(笑)

   あの日 同じ水際で君は
   消えてゆく足跡が
   悲しいと だから側に居てと言った

砂浜にくっきりとついたはずの足跡も、波のしぶきにひとたび襲われると、あとかたもなく消えてゆきます。

いや、足跡だけではありません。

砂に書いたラブレターも、砂に枯れ木で書くつもりだった、さよならという文字も、寄せ来る波が消しゴムのようにすべてを消し去っていきます。

消え去るのは、一瞬にして、あっけなく、消えてしまうときもあれば、寄せては返す波に、水彩画のぼかし技法のように、淡く儚く、次第に輪郭が薄れていき、ゆっくりと消えていくようなときもあります。

消えていかずに、くっきりとしてくるのは、そこの奥さんのカラスの足跡くらいですか。(笑)
そうそう、しみ、そばかすも消えないって。(笑)

現実に引き戻さないでって。(笑)

足跡というのは、来し方の想い出たち。
そして、足跡というのは、行く末の道しるべ。

それが消えていくのです…、
それが儚く、切なくさせるのです。

   大きな貝殻 白い耳に当てて
   また来る夏を占う
   君の影が揺らいで落ちて
   風が止まる

     私の耳は貝の殻
     海の響きをなつかしむ
        「月下の一群」  ジャン・コクトー 堀口大学訳 

子どもの頃、貝殻を耳に当てて、潮騒の響きが聴こえたような気がした人はいるでしょうか。

もちろん貝殻を耳に当てたりするのは、浜辺や磯辺が多いでしょうから、近くの波の押し寄せる音を拾い集めるからだということも考えられます。

しかし、耳はさまざまな音の周波数を巧みに聴覚神経に伝える医学的な仕組みを持っています。

貝殻を耳に当てると、外界からの音の中で、ちょうど潮騒の音と同じような周波数の部分以外がさえぎられて弱くなり、反対に潮騒の音に似た音だけが集音されて聴こえるからだともいわれています。

もちろん、みなさんがみなさん、聴こえるわけではないし、また加齢とともに、聴覚も弱まり、難聴気味になりますから、聴こえるかどうか分かりませんが、今度、大きな貝殻を見つけたときには、貝殻の角度を変えながら聴いて見てください。

ひょっとしたら、青春音楽館で聴いた、潮騒の音が聴こえたりするかもしれません。

しかし、まあ、いつでも聴こえるようなら、一度、耳鼻科に受診して、海鳴りではなく、耳鳴りの検査をお勧めします。(笑)

また、潮騒の音に混じって、マスター(館長) の呼ぶ声が聴こえたとしたら…、そりゃ、かなり精神的に危ないかもしれませんので、やはり早めの受診をした方がいいのかもしれませんね。(笑)

ところで、モスキート音というのをご存知でしょうか。

10代の若者の間で、ひそかに携帯電話の着信音などに使われている音だそうです。

モスキートーン(Mosquitone)とも呼ばれるようですが、いわゆる、モスキート(mosquito)つまりは、蚊の音のことで、蚊の羽音に似ている音なんだそうです。

なんだそうですというのは、残念ながら、マスター(館長) には、この音が確認できませんでしたから。

インターネット上で、モスキート音のダウンロード視聴ができるサイトもあるようなので、いちど試されてみたらいいのですが、そのときは、是非、その場に、子どもや孫、近所の子でもいいのですが、是非、10代の若者を立ち合わせることをお勧めします。

モスキート音は高周波の音で、年齢とともに聞こえにくくなるそうで、20代後半ともなると、ほとんどの人が聴こえなくなる音ということらしいです。

マスター(館長)も、青春音楽館を運営している手前、多少なりとも音に、こだわりがありますから、ひょっとしたら、この音が認知できるかもしれないと、何度か挑戦してみましたが、見事にダメでした。(笑)

高校生と小学生の子どもに立ち合わせてみると、二人とも、はっきりと聴こえるとのことです。

二人に、パソコンに背を向けさせて、目を閉じさせて立たせ、音が聴こえたら手を上げさせ、止むと下げさせるという実証実験をしてみました。

やはり、二人同時に手を上げ、そして下げました。

往生際の悪いマスター(館長) ですから、子どもに騙されてはと、再生ボタンを押すような振りをして、わざと空クリックしたり、中途半端な停止をしたりして、試してみたのですが、やはり、見事に再生している状況と一致しましたから、やはり、聴こえぬは、親ばかりなりけりでした。(笑)

高校生の子に聞くと、最近は、携帯電話の着信音にも利用されているようで、授業中はマナーモードにしたバイブレータ音にもうるさい教師の場合の対応として流行っているそうです。

もともとは、店に来る迷惑な若者を撃退するために開発された商品らしく、店にたむろしたり、長居したりする若者を、この音で追い払うためだったようです。

確かに、就寝しているときに耳元で聞こえる本物の蚊の羽音は決して心地良い響きの音ではありませんから、もしそんなような音が店内に響いているとしたら、寄り付かないでしょう。

まあ、私たち、中高年齢層には、聴こえないから確かめようもないのですけどね。(笑)

   僕に 見えないものが見えたね
   だから急に黙った 
   紅い夕陽が 君の涙に沈んだ

しかし、聴こえない音が聴こえるのならば、見えないものも見えることがあるのが道理でしょう。

人に見えないものが見える…。
確かに、そんなときがあるようです…。

あれっ、いま、見ておられるパソコンの画面に、なにか人影のようなものが、映りはしませんでしたか?

気のせいでしょうか…。
でも…ほら、確かに人影が…。
そして…、画面に映る…と、いうことは…。

あっ…、あなたの…う・し・ろ…に!

(*ノェノ)キャー(笑)

はい、怖いですね、恐ろしいですねぇ、それではまたお会いしましょう、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…なんて、生涯現役だった映画評論家の淀川長治さんのお声が聴こえたら、さらに怖いですねぇ。(笑)

ともかく、見えないものが見える、聴こえないものが聴こえるということは、言い換えれば、見えるものが見えない、聴こえるものが聴こえないということです。

そして、そのことは、加齢による生理的な限界を例に出すまでもなく、ありとあらゆる努力をしたって、悲しいことに、無理なことは無理、つまりは無駄なことがあるということです。

ほぞを噛む思いで、忸怩たる思いで、捲土重来を期そうとも、出来ないことは、出来ないのです。

そして聴こえても、感じることができなくなれば、やはり、それは聴こえないのと同じことなのです。

ワーグナーの交響楽(シンフォニー)を聴きはじめたら、モーツァルトのシンフォニーに心が動かなくなることがあるのかもしれません。

ショパンのピアノ協奏曲(コンチェルト)を聴きはじめたら、チャイコフスキーのピアノコンチェルトに魅力を感じなくなることがあるのかもしれません。

なんでそうなるのでしょうか。

理由としては多少とも思い当たることがあるにせよ、本人でもはっきりと言訳できなくて、説明がつかない理不尽なことも多いでしょう。

強いてあげればそれは何かの間違いでしょう。(笑)

急に黙りこむ、沈黙はときとして、雄弁以上に、本音や真実を語っているときがあるものです。

   ウミネコ達 もうお帰り 僕も砂を掃おう
   君の影が揺らいで消えて 夢が止まる

凪という漢字があります。
部首は、風と同じく、几(かぜかんむり・かぜがまえ)で、その几の中に、止まると書きます。

ちなみに、几に、布切れという意味の巾を書けば、「凧」でたこ、几に木を書けば、「凩」で木枯らし、いずれも、もともとの中国の漢字にはない日本オリジナルの国字です。

凪という漢字は、風が止まると書くから「なぎ」と読むということが、覚えられたことと思います。
漢字検定のお勉強にお役にたちますか。(笑)

そして、朝の凪が朝凪、夕方の凪が夕凪。
もっとも、漁師さんなどでなければ、海辺の朝凪を意識することは少ないでしょう。

     たそがれは風を止めて
     ちぎれた雲はまたひとつになる
               「秋の気配」―オフコース

たそがれどきに風が止まる。
夕凪の方は、たそがれどきを意識する、感性豊かな人なら実感することが多いのかもしれません。

     なぜかさびしい夕暮れ時 風が止まり
     そんな時にふと思い出す
     やさしかった人を
               「おもかげ色の空」―かぐや姫

夕暮れ時に風が止まる。
夕凪は、想い出にひたるには十分すぎる時間(とき)なのかもしれません。

   やがて ここにも風は戻って
   陸から海へとまた くりかえす
   くりかえす くりかえす

風はやがて戻ってきます。
でも、その風は凪になる前の風とは違うのです。

海から陸へ、そして、陸から海へ。
凪の前とは違う風です。
いや方向も逆方向に吹く風です。

それは、あたかも砂時計の最後の砂の一粒が落ちれば砂時計は止まり、砂時計を逆さにすれば、また砂時計は時を刻み始めるのに似ています。

しかし、その刻む時は、新たな時なのです。
決して、過去の時をたどり、遡(さかのぼ)って、時を刻むことはしないのです。

でも、やはり時を刻んではいきます。
そして、それを、くりかえすというのかもしれません。

   ウミネコ達 さあ もうお帰り 僕も砂を掃おう
   僕の影が消える前に 消える前に…

寄せては返す波が、くりかえすように。

ひざを抱えて海をみつめていた…、そんなことが、あったような気がします。

そして、そのときも、砂を掃ったような気がします。
自分のその小さな非力な手で。

一敗地に塗(まみ)れても、地に倒るる者は地によりて立つがごとくに、砂を掃って、立ち上がり、また歩き始めることができます。

足跡が消えたのなら、それを嘆き続けるのは止めて、また新しい足跡をつけていけばいいのです。

ウミネコ達、心配しないでいいよ。
もう大丈夫。
だから、さあ、もうお帰り。

自分が自分でありつづけるために…。
自分の影が消えないように…。
さあ、砂を掃おう…。



さだまさしさんの楽曲は、ほとんどが、さだまさしさんの作詞作曲なんですが、この「夕凪」という曲は、さだまさしさんの作詞で、渡辺俊幸さんの作曲です。

この「夕凪」という曲は、ソロデビューアルバム「帰去来」に収められ、その中にある「冗句」という曲も渡辺俊幸さんの作曲ですが、さだまさしさんの曲で、渡辺俊幸さんの作曲でといえば、マスター(館長) としては、私花集(アンソロジィ)の「加速度」がオススメです。

さだまさしさんのファンの間では、「なべちゃん」の愛称で有名な渡辺俊幸さんは、1955年(昭和30年)、愛知県名古屋市生まれ、フォークグループ「赤い鳥」のドラマーとしてプロデビューし、その後は「グレープ」のバックバンドもつとめていました。

「グレープ」解散後、ソロになるか新しいバンドを組むか悩んでいたさだまさしさんに、ソロ活動をすることを勧め、さだまさしさんかソロデビューして以降は、裏方のミュージックサポーターに回り、プロデューサー、アレンジャーとして、さだまさしサウンドの確立に大きく影響を与えたと思います。

「なべちゃん」は、現在、NHKのテレビドラマや映画などのテーマ曲などの音楽を担当し、作曲家、編曲家としても、活躍されています。

(初稿2007.11 未改訂)


夕凪

作詞 さだまさし
作曲 渡辺俊幸

今は こうしてひざを抱えて
寄せては返す波の
思い出に身を任せていよう

あの日 同じ水際で君は
消えてゆく足跡が
悲しいと だから側に居てと言った

大きな貝殻 白い耳に当てて
また来る夏を占う
君の影が揺らいで落ちて
風が止まる

僕に 見えないものが見えたね
だから急に黙った 
紅い夕陽が 君の涙に沈んだ

ウミネコ達 もうお帰り 僕も砂を掃おう
君の影が揺らいで消えて 夢が止まる

やがて ここにも風は戻って
陸から海へとまた くりかえす くりかえす くりかえす

ウミネコ達 さあ もうお帰り 僕も砂を掃おう
僕の影が消える前に 消える前に…

1976年(昭和51年)
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