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「赤い花白い花」―赤い鳥

中林三恵さんは群馬大学に進学されて、
1964年秋に大学で「クラブ対抗コーラス大会」が行われ、
その大会で中林三恵さんの所属する美術部で
『赤い花白い花』を歌った

後藤悦治郎さんの『赤い花白い花』に対する談話が
掲載されており、そこには
「帯広の山田温泉で旅行者が歌っていたのを
後藤悦治郎さんの友人が聴いて、
それを後藤悦治郎さんに教えた」と書いてあります。

1970年(昭和45年)に「赤い鳥」がシングルのB面で
レコード化し、全国的に知られる様になったのです。

そして1976年(昭和51年)12月には「NHK みんなのうた」で
「ビッキーズ」というデュオが歌った事により、
更に様々な人に知られる様になります。

そして更に1977年(昭和52年)に
芹洋子さんがシングルのA面でレコード化したのです。

  ♪黄色い花はつまずに 蝶々のためにとっておこう
  ♪黄色い花はつまずに 小鳥のためにとっておこう
  ♪黄色い花その花は みんなの心に咲いて
  ♪咲いてゆれるだろう お星さまのように
  ♪お星さまのように



(初稿2004.3 未改訂)


歌詞

作詞/作曲 中林三恵

赤い花つんであの人にあげよ
あの人の髪に この花さしてあげよ
赤い花赤い花 あの人の髪に
咲いてゆれるだろう お陽さまのように

白い花つんであの人にあげよ
あの人の胸に この花さしてあげよ
白い花白い花 あの人の胸に
咲いてゆれるだろう お月さんのように

赤い花ゆれるあの娘の髪に
やさしい人の ほほえみにゆれる
白い花ゆれる あの人の胸に
いとしい人の 口づけにゆれる
口づけにゆれる

19年(昭和5年)
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