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「まつりばやし」―中島みゆき

   肩にまつわる 夏の終わりの 風の中
   まつりばやしが 今年も近づいてくる
   丁度 去年の いま頃 二人で 二階の
   窓にもたれて まつりばやしを見ていたね

     秋来ぬと目にはさやかに見えねども
     風の音にぞおどろかれぬる
          藤原敏行−「古今和歌集」

夏の終わりの風は、というと、熱くもなく寒くもなく、かといって秋風のような凛とした涼しげでもなく、なんとなく季節の変わり目を感じさせながらも、やはりなにか中途半端な風です。



   けれど行列は 通り過ぎていったところで
   後ろ姿しか 見えなくて 残念だった
   あとで思えば あの時の 赤い山車は
   私の すべてのまつりの後ろ姿だった


   もう 紅い花が 揺れても

   今年よく似た 声をかき消す まつりの中
   信じられない おまえの最後を知る
   眠りはじめた おまえの窓の外
   まつりばやしは 静かに
   あでやかに通り過ぎる

   もう 紅い花が 揺れても

   人は誰でも まつりの終わりを知る
   まつりばやしに 入れなくなる時を知る
   眠りつづけるおまえよ 私のところへは
   まつりばやしは
   二度とは来ないような気がするよ






あ・り・が・と・う(1977年)
52才の若さで他界した亡父に捧げた歌とされる。最初はなにげないまつりの情景描写 かと思いきや、それが亡父との二度と帰らない思い出を描いたものと分かってきて、のっぴきならない不条理感を醸し出す。

中島みゆきは父の早世を二つの歌にして発表しています。一つはサード・アルバム『あ・り・が・と・う』に収録されている『まつりばやし』で、もう一つは8枚目のアルバム『臨月』に収められている『雪』です。

この「雪」という曲は、中島みゆきさん8番目のアルバム「臨月」に収録されています。この「雪」という曲の中に出てくる「あの人」そして「あなた」とは、恋人のことと思われるかもしれませんが、実は中島みゆきさんの「父親」ということです。
中島みゆきさんのお父さんは、北海道帯広で産婦人科医院を開業されていましたが、中島みゆきさんが、「アザミ嬢のララバイ」でデビューしたあとに、脳溢血で倒れられ、そして翌年に亡くなられました。

そのお父さんの死より、数年の歳月が流れて、父の死へのレクイエム(鎮魂歌)として、それが、この曲、「雪」として、結晶したのだと思います。



『まつりばやし』では去年父親と一緒にまつりばやしを見ていたが行列は通り過ぎていったところだったと父親の逝去を暗喩し、今年のまつりばやしでは父親は眠り続けていると長い昏睡期間を振り返っています。

また『雪』では道標だった父親の逝去で戸惑う姿が歌われています。
しかし、皮肉なもので武市氏が1978年(81歳)まで長生きしたのに対して、眞一郎氏は1975年9月(51歳)に脳溢血で倒れます。おろおろする家族に医者は「もう一晩待て」「もう一晩待て」としか言ってくれなかったと中島みゆきはインタビューで答えています。

折りしも中島みゆきは同月『アザミ嬢のララバイ』でプロ・デビューを果たしています(どちらが先であったかは不明)。さらに10月、「つま恋本選会」では『時代』を歌ってグランプリを受賞します。また11月15日に開催された「世界歌謡祭」で同じく『時代』でグランプリを受賞します。

しかし、中島みゆきにとってグランプリ受賞は喜べるはずがありません。愛する父親が昏睡状態にいる中での晴れやかな舞台に中島みゆきの心は引き裂かれる思いだったでしょう。しかしテレビで観た限りにおいて『世界歌謡祭』の中島みゆきに暗い影はありませんでした。

1976年1月、眞一郎氏は息を引き取ります。「その時家には10万円もなかったのよ」と中島みゆきはインタビューで答えています。眞一郎氏の「赤ひげ先生」ぶりを如実に表しています。『世界歌謡祭』のグランプリ賞金が葬儀代に消えてしまったともインタビューで話しています。





(初稿2010.9 未改訂)


まつりばやし

作詞/作曲 中島みゆき

肩にまつわる 夏の終わりの 風の中
まつりばやしが 今年も近づいてくる
丁度 去年の いま頃 二人で 二階の
窓にもたれて まつりばやしを見ていたね

けれど行列は 通り過ぎていったところで
後ろ姿しか 見えなくて 残念だった
あとで思えば あの時の 赤い山車は
私の すべてのまつりの後ろ姿だった

もう 紅い花が 揺れても

今年よく似た 声をかき消す まつりの中
信じられない おまえの最後を知る
眠りはじめた おまえの窓の外
まつりばやしは 静かに
あでやかに通り過ぎる

もう 紅い花が 揺れても

人は誰でも まつりの終わりを知る
まつりばやしに 入れなくなる時を知る
眠りつづけるおまえよ 私のところへは
まつりばやしは
二度とは来ないような気がするよ

もう 紅い花が 揺れても
もう 紅い花が 揺れても
もう 紅い花が 揺れても


1977年(昭和52年)
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