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友だちの友だちは、友だちの友だちであって、友だちの友だちが友だちである場合もありますが、必ずしも友だちの友だちが友だちであるとは限らないものです。
でも、やはり友だちの友だちは、友だちの友だちであっても、趣味とか性格とかになんらかの類似点や共通点があったりして、友だちの友だちは友だちであることも多いものです。
そう考えれば、友だちの彼氏や彼女にも、友だちとしての共通する部分があるのか、やはり異性であっても、好意的に感じることが多いのも経験的に思うところです。
もちろん、友だちの友だちが友だちであるとは限らないのと同じように、友だちの彼氏や彼女に、好感が持てない、いや嫌悪感すら持つようなことがあることも否定はしません。
それは例えば、友だちの友だちに抱く感情が、友だちを介するほどに、嫉妬めいた感情というか、妬みや嫉みを抱く場合に似ているのかもしれません。
ただ、問題なのは、友だちの彼氏や彼女に、惹かれるものを感じて、異性としての魅力を感じるときに、
君には君を愛する人が いつもそばにいるのに
僕の口づけをうけた わけがわからない
黄昏せまる面影橋に 見送るつもりできたが
帰したくなくなって さよなら言えない
さて、自我がはっきりと確立する思春期の頃から悩ませる青春時代の命題のひとつに、男女の間に、友情は成立するのか、というのがあります。
異性の相手に対する好意の感情が、友情を感じるものゆえであるのか、あるいは恋愛感情につながるものであるのか、それに気がついたときに、その人間関係は微妙に変容していきます。
日本を代表する文豪である夏目漱石が、100年も前に書いた小説に「こころ」という名作ががあります。
この小説は、友情と恋愛の板ばさみになりながらも、結局は友人より、恋人を取ったために罪悪感に苛まれた先生からの遺書を通して、
若きウェルテル の悩み
心のままに生きたとしても 幸せとは限らない
ほら ふざけているうちに 涙がでてきちゃう
楽しい事も悲しい事も 時が洗い流して
すべては思い出という 言葉に変えてしまう
ルールも友だちも 約束も みんな棄てて
君を ああ このまま 抱いていたい 面影橋で
この曲は1979年(昭和54年)3月にシングルリリースされ、そのあと5月にリリースされたN.S.Pの12枚目のアルバム「風の旋律」にも収められています。
N.S.Pは、「ニューサディスティックピンク」の略で、1972年(昭和47年)岩手県にある国立一関工業高専の同級生だった、天野滋さん、中村貴之さん、平賀和人さんで結成、1973年(昭和 48年)第5回ポピュラーソングコンテストに「あせ」で入賞、「さようなら」でデビューして、1974年(昭和49年)には、「夕暮れ時はさびしそう」が大 ヒットしました。
この曲は、まるで川面に落ちたひとひらの桜の花びらが、水面に揺れ動きながら流されて行く、繊細な少年の心象風景を見事なまでに描写したN.S.Pらしいというか、N.S.Pのリーダーの天野滋さんらしい、名曲のひとつだと思います。
N.S.Pのリーダー、天野滋さんは、2005年(平成17年)7月1日、大腸がんによる脳内出血で、享年52歳で、亡くなられています。
ご冥福を祈り、天野さんが多くの素敵な楽曲を残されたことを改めて感謝いたします。
合掌。
(初稿2015.5 未改訂) |