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1978年
この日本人離れした歌唱力と音楽センス。実力派シンガーという言葉は、彼女のような人のためにある。元々ボサノヴァが好きだった彼女は、地元北海道の短大時代、先輩のバンドのリードヴォーカルに抜擢されR&Bに目覚める。上京後、レコード会社のオーディションに合格し'74年ソロデビュー。歌謡歌手ではなくポップス・シンガーでありたいという彼女の希望に添い、デビュー・アルバムは当時では珍しく洋楽のカヴァー曲が7割を占めた。76年、2ndアルバムをリリースする前後から、"大橋純子&美乃屋セントラルステイション"名義で活動、ライヴハウスや学園祭を積極的に周り、元祖"学園祭の女王"の異名をとる。ちなみに初期のバンドの中心人物は土屋昌巳(後にテクノポップ・バンド"一風堂"を結成、SHAZNAがカヴァーした「すみれSeptember Love」で有名)。元々バンド指向の彼女は、この後77年『東京音楽祭』出場、「シンプルラブ」で全国区へ。翌年「たそがれマイ・ラブ」が大ヒットを記録、日本レコード大賞金賞に輝き、その実力は全国に知れ渡る。81年からはソロとして活動を続け「ビューティフル・ミー」、結婚式で今もよく歌われる「シルエット・ロマンス」などのヒットを放つ。現在も「ブルーノート」や「スィート・ベイジル」等、シティ派のライヴハウスでライヴを行い、1〜2年に1作という理想的なペースで良質のアルバムをリリースし続けている。
(初稿2005.3 未改訂) |